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日誌

お団子と串

こんにちは、亀谷です。

最近朝晩が冷えるので、着る服をどうしようか問題と、

お布団をどうしようか問題に悩んでいるところですが、

皆様いかがお過ごしでしょうか。

昨日は息子の咳がひどいので、夕方通院したところ、

待合室がいっぱいでした。。体調崩しやすい時期というのと、インフルエンザの予防接種で多かったようです。

これからの季節も元気に過ごしたいものです。

 

今日は、えんにちの振り返りと、個別学習の取り組みのことから見えてくることを考えながら、

これまで自分がイメージしてきたことと照らし合わせ、考えたことを書きたいと思います。

 

これまで「お団子と串」というイメージで物事を考えてきました。

え!お団子と串?!なんのこっちゃ?!ですよね笑

例えば、3色団子。

3色のお団子が串で刺されて1本のお団子として成り立っていますよね。(何の説明?!笑)

私は、このお団子を「コンテンツ」、串を「それを一つにするもの、貫くもの」と捉えています。

「本」で例えると、例えば「ハリーポッター」とすると、第1章から第〇章まであって、

それらの章(コンテンツ=お団子)を1冊の本という形でストーリーが成立されています。(串)

他にも、「会社」で例えると、総務部、経理部、営業部、技術部、、のようにいろいろな部署があり、

それらを一つの会社という形で組織が成立しています。

さらに、「一人の人物」で例えると、

何が好きで、何が得意で、何が苦手で、どんなことを考えていて、、というように、

一人の人物を構成するコンテンツがあり、それが「○○さん」という人となっています。

そして、この「串」にあたる部分ですが、ただ単にコンテンツを束ねて一つにしているだけでなく、

理念や目的があると考えています。

会社の場合、いろいろな部署が集まっていますが、

仮にそれぞれの部署が自分たちの思い思いの方向に向かって進んでしまうと、

会社として成り立たなくなってしまう、というように、

それぞれの部署を貫く会社の理念であったり、目指すものがあるはずです。

一人の人物も同様に、「串」にあたる部分としてまさに芯というか、

どんな人間なのか、自分の在り方、どのように生きていきたいか、みたいなものがあって、

一人の人として生きていくことができる、といった感覚を持っています。

そう考えると、もちろんコンテンツも大事ですが、コンテンツのほうばかりが重要視されるというか、

何ができるか、どれくらいのレベルか、に目が行ってしまい、

そもそもこの人物がどんな人なのかというところが見えてこない、

ようなこともあったりする気も、、、

いや、団子がないと串だけでは3色団子にならない、

いやいや、団子はあるんだけど、串がない、と、どちらも結局大切なんですけれども、

今は、世の中が特にコンテンツであふれかえっているせいか、

それを貫く文脈のようなものがとても大切になってきていると感じています。

 

そして、今回のえんにちの話と照らし合わせてみて、

学びの森での日々の学びが、この例えにも当てはまる気がしたのです。

生徒の中には、運動=楽しい、ゼミ=楽しい、行事(えんにちとか)=楽しい、個別学習=苦、

という人もいて、なぜか個別学習に対してモチベーションがあがらない、とのこと。

その生徒の中に、行事などはお楽しみで、個別学習だけが「ザ・勉強」という意識があるような。

学びの森では、ここで行うことすべてが学びである、という理念をもって活動しているので、

個別学習、探究、運動、ゼミ、行事、などのすべてが一つの串に刺さっている、というイメージになります。

個別学習だけまったく別領域、というわけではありません。

そして、一人一人が、これらの学びを通してどのような文脈を紡いでいくのか、

生活そのものを生きるか、ということを考えていきます。

 

また少し長くなってしまいましたが、

このようなことを考えており、またこれから生徒たちともいろいろな話をして、

意見交換しながら考えを更新していきたいと思います。