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日誌

デモに参加してきました。

ブログを書くのは本当に久しぶりです。

久しぶりすぎて、ブログを書く画面までくるのに結構な時間がかかりました。

最近は田中先生に任せっきりでしたが、今年度は僕も書いていこうと思います。

 

 

 

 

さて、そんな久しぶりのブログのタイトルが

 

「デモに参加してきました」

 

って自分でも何やこいつ?!と思ってしまいますね。

 

 

 

 

その、なんやこいつ?!の中に、「危ない思想を持ったやつじゃないか?」

とか、「そんな真面目くさったことして…」と思われた方はいませんか?

 

 

 

 

僕は今まで、デモに対してそんな印象を持っていました。

テレビの映像を見ても、街中で実際に行われている様子を見ても

「危ない・怖い・真面目・頭堅い」というイメージが先行していました。

 

 

 

 

なので、デモに参加するにはそれなりの覚悟がいるんだと思っていたのです。

軽い気持ちでは参加することができないもの。

それが僕の中での「デモ」でした。

 

 

 

 

では、なぜそんなマイナスイメージの巣窟へ飛び込もうと思ったのか?

それは、今まで経験したことのないことを、自分の勝手なイメージでくくってしまったら

もったいないと思ったからです。

 

 

 

 

僕が今回参加したデモはこれでした。

 

 

 

 

 

 

一人で来るひと、団体で来るひと、子連れでくる人、私服の人、スーツの人

色々なひとがいましたが、やや年配の方が多かったです。

僕と同年代やそれ以下の人はほとんど見当たりませんでした。

デモによって、集まる年齢層が違うみたいです。

 

 

 

 

 

 

集会は政治家の方々や市民団体の方々の演説でした。

それが終わると、いよいよ行進がスタート。

出発する直前、スタッフの方に「これ持ってください」と横断幕を渡されました。

 

 

 

 

 

 

初めてやし、そこまで強い思い入れがない僕が持ってるのは何か変な気持ちで、

何よりどんな団体が、どんなメッセージで作ったものかわからないのが不安でした。

 

 

 

 

 

歩いていて思ったのは、デモを見る人の視線も色々だということ。

 

 

「私たちの分まで頑張って!」という共同体意識の強い視線

「デモとかアホらしいわ~笑」という嘲りを含んだ視線

「早く通り過ぎてくれ」という怒りのこもった視線

「なんかやってる!何やろう!」という好奇の視線

「・・・」という何か考えてるのか考えてないのかわからない視線

 

 

これまで見る側だった僕にとって、見られる側になって初めて気が付いたことでした。

 

 

 

 

そういった色んな視線にさらされて歩くことがデモなんだと思いました。

 

デモは自分の考えを表現するひとつの手段です。

 

もちろん、表現だからといって他の人を不当に傷つけることは許されません。

 

しかし、普段自分の中にしまってあるものを「出して」歩くか「出さずに」歩くか

 

僕たちは選ぶ自由があるんだと思います。

 

 

 

 

気楽に、自分たちの主張をデモという形で表現するのもアリだなと僕は思います。