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日誌

不登校なんて、たいしたことじゃない

不登校を克服していった子どもたちに
共通した道筋があります。
それは、閉塞的な不登校状態から
より広く大きな世界の存在を知るということです。


B君は中学2年生の時に知誠館へとやってきました。
クラスの何人かからいじめを受けていたようで
また、学校内のクラスやクラブの中に
B君がうまく所属できるような人間関係はありませんでした。
そんな状況の中
B君は次第に学校へ行けなくなっていきます。
知誠館では「森の語り場」という
子どもたちが、自分たちの辛かった過去を
みんなの前で語るという機会があります。
これはライフストーリーワークともいわれ
過去を自分の言葉で再構成する
とても大事な機会なんです。
でもB君が自分の過去を語れるようになったのは
知誠館に来て1年以上がたったころだと思います。
それくらい、彼にとっては
深い傷として心の中に記憶されていたのかもしれませんね。
そんなB君ですが
中3の時に自分の進路を見つけてきます。
それは、東京池袋にある鉄道科のある高校です。
実は、B君の生まれ育ったマンションは、
あるJRの駅の正面に建っていました。
だから彼は物心つく前から
列車の音を聞き列車の姿を見て育ってきたのです。
B君は当然のように鉄道マニアになっていきました。
知誠館のPCの中には
今でも膨大なB君の撮った鉄道写真が保存されています。
気が付けば、デスクトップの画面が鉄道写真になっていたことも
しばしばありました。
だから彼が鉄道科のある学校を見つけ出してきてことに
私たちは十分納得できました。
ただ若くして親元を離れ
寮生活を始めることに不安があるんではないかと心配していたんですが
そんな心配はほとんど無用のようでした。
自分にぴったりの進路を見つけたB君は
水を得た魚のように
受験に向かって力をつけていったのです。
卒業を控えた3月に
NHKからの取材依頼があり
知誠館にTVカメラが入りました。
その時、B君がカメラの前で語った言葉を
私は忘れることができません。
「僕は思うんです。
僕は中2から今まで2年間、不登校を経験しました。
 その2年間、最初はとても長く感じられたんですが
 今では、人生80年の中のたった2年間だって
 別にたいしたことないなって、思えるようになったんです。
 僕には、進みたい道があります。
 やりたいことがたくさんあります。
 そんなことに、気づけたことが何よりの成果だったと思うんです」
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