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日誌

今日からリスタート

どうも、学びの森のキノシタです。

皆様この連休はいかがお過ごしでしたでしょうか?

 

僕は劇場に漫才を見に行くことにドはまりしてしまいました。

やっぱり芸人ってかっこいい…。


連休前の怒涛の追い込み、そして連休により、ブログがご無沙汰になってしまったことをお詫び申し上げます。

今日からまた少しずつでも更新していきますので、よろしくお願いいたします。

 

さて、長い長い連休が明けて、いよいよ今日から学びの森の活動もリスタート。

そんな初日は<語り場>がありました。

 

<語り場>は、生徒が代表の質問を受けて、これまでを振り返って自分のことを語る時間です。

今日のゲストは小学6年生のAくんでした。

 

幼稚園までは楽しく通っていたし、小学校も楽しみにしていたAくん。

でも小学校に入ってすぐに行くのが嫌になったとのこと。

 

理由はよくわからないけど、だんだん朝起きるのも嫌になってきて、ずーっと嫌やなぁという気持ちを抱えたまま登校していたそうです。

このエピソードを聞いて、ある女の子は「私も起きるのが嫌やったから寝るのも嫌になった」と話していました。

 

学校が嫌な原因は色々あれど、Aくんにとって大きかったのは「先生」の存在でした。

「なんか、怒ったら机叩いたりするねん。道徳の授業も、先生が言ってほしいと思ってることを言わないとあかんっていうか…。」

 

小学校は担任の先生がすべての授業を受け持ちます。

なので、必然的にその先生ひとりの持っている色が子どもたちに伝わってしまいます。

 

Aくんは「何でもかんでもおしつけてくる」その先生の色がすごく嫌だったと話していました。

この話を聞いて、他の生徒もみんなうんうんと頷いていました。

 

ある男の子は「小学3年生の頃に担任だった先生がすごく威圧的な人で、しょっちゅう怒られるのがストレスで吃音になった。そういう経験をしてからは、先生っていう存在はみんなそういう感じなんやと思ってた」と、自分のことを語ってくれました。

 

他にも「先生が友達のことを怒ってる姿がトラウマだった」とか「先生の顔色をいつもうかがっていた」など、Aくんに共感する発言がたくさん出てきました。

Aくんも、みんなの共感するような発言に「嬉しかった」と感想を言っていました。

 

僕自身、小学校のときは先生のことはよーく観察していました。

この先生は怖いだけで嫌い、あの先生は怖いけど考えてくれてる感じがするし好き、この先生はチョロそうやな…などなど。

 

子どもはみんな見えないものを感じ取っているし、そういう意味では大人の見えないものを感じ取ってくれているんだと思います。

だからこそ、その子の周りにいる大人の存在って大きいんでしょうね。

 

Aくんの語り場から、誰かの物語に自分の物語を重ねて聴く経験の大切さと、子どもたちの周りにいる大人のひとりとしての「自分」を考えさせられました。

これからまた色々な活動が始まりますが、常にどこかに置いておきたい視点です。

 

では、また~