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日誌

ライブペイントから見えてきたもの

 僕は現在、亀岡にあるフリースクール「学びの森」というところで働いています。学びの森は、学校に通えない、あるいは通わない選択をした子どもたちにとっての学びの場です。学びの森に通う生徒たちは、いわゆる「不登校」の状態でやってきます。生徒たちは一時的に社会から分断され、多くの人が当たり前に手にしてきた学ぶ機会を奪われている状態であると言えます。もちろんその背景にあるものは一人ひとり違いますが、彼、彼女たちが学ぶ機会や再び社会とつながっていく力を身につける機会を社会的につくっていく必要があると考えています。

 

 

 私の中で「学ぶ」とは、経験を自分の中に閉じるのではなく、他者に開き、お互いに経験を突き合わせ、その違いや同じ部分にふれ、お互いの経験を再構築していく不断の運動だと考えています。そんな風に学ぶことができるような場や関係性を学びの森の内外につくっていきたいと考え、僕はここ数年学びの森に通う生徒たちと学びの森の外部との媒介者となるような活動を続けてきました。東九条マダンへの参加や、東九条のフィールドワークの企画・実行もその活動のひとつです。僕の活動に生徒たちを巻き込みながら、生徒たちがもっと外に開かれていくことで、「学ぶ」という運動を自らつくりだしていく力が身につくと考えていました。その力は生徒たちが再び社会とつながるために、またつながった後にも必要になる力だと考えたのです。

 

 

 では、生徒たちをなぜ「東九条」という地域とつなげようと思ったのか。それは、この地域が歴史的にも文化的にも学ぶべきことがたくさんあることはもちろんですが、色んな背景を持った人たちが自分の身近にいるということ、その人たちがぶつかり合いながら助け合いながら生活している生の現実があるということを肌で感じられる場所だと思ったからです。ある時、僕は京都市地域・多文化交流ネットワークサロンの春祭りに参加しました。そこには日本人だけでなく在日朝鮮・韓国人、フィリピンやブラジルなどにルーツを持つ人、障害のある人ない人、本当に色んな人がいました。その光景を見た時に、「多様性」や「多文化(共生)」という言葉は、教科書や堅苦しい文章の中にあるものではなく、現実に自分の目の前に広がっているということに気が付きました。きっと、僕にはわからないいざこざがたくさんあるだろうけど、それでもこういう光景をつくってきた力がこの地域にはあるんだろうと思いました。その生の現実に生徒と一緒に飛び込んでいくことで、「学ぶ」ことができると考えたのです。

 

 

 学びの森と東九条とをつなぐことで、これまで僕が予想もしなかった変化が生まれてきました。その変化には、“東九条マダンだったからあそこまで自分をさらけ出せた”や“みんなでたこせんを売ることで人と関わることが楽しいと思えた”という生徒の個人的な意味を持つものから、“フリースクールという学校外の学びの場のさらに外部に生徒たちが学ぶ場や関係性ができた”という社会的な意味を持つものまでがあると思います。こうした変化はともに「学びの森」と「東九条」という異質なもの、でもどこかで通ずるところがあるもの同士が出会ったからこそ、うみだせたものだと僕は考えています。

 

 

 今回のライブペイントも、そういった変化のひとつになるものでした。きっかけは生徒のひとりが中LAさんのライブペイントを見て、一緒にやってみたいと言い出したことでした。僕が生徒の声や僕自身の活動の趣旨を話すと、中LAさんは快く応じてくれました。学びの森の生徒とイチから関係をつくるために、わざわざ亀岡まで来て自分のライフストーリーを語ってくれたり、そのあと実際に一緒に絵を描いたりしてくれました。「とにかく自由に、自分の好きに絵を描いてみよう」という中LAさんの一声で始まった時間では、普段あまり自分を出さない生徒が夢中になって筆を走らせたり、普段話さない生徒同士がお互いの絵を見ながら話をしていたり、生徒そっちのけで絵を描くスタッフがいたり、その場に参加した人たちの新しい一面を見ることができました。

 

 

 また、今年の東九条マダンは凌風中学校での開催ということもあり、例年以上に安全面や衛生面に配慮しなければなりませんでした。キャンバスが風で倒れない、絵の具が飛び散らない、でも楽しさを失わないような工夫が必要でした。色んな人に意見をもらいながら、また前日や当日の準備を手伝ってもらいながら、どうにか実現することができました。今まで関わったことのなかった人たちとも、このプロセスの中で協働することができました。先ほど僕は学びの森の外部との媒介者として活動してきたと言いましたが、今回のライブペイントでは中LAさんが僕と生徒、マダンに関わるひとたちとの媒介者にもなってくれていました。これは今まで学びの森として、たこせんを出店するだけでは起きなかったことだと思います。

 

 

 当日、学びの森の生徒たちは準備や片付けも含めて一生懸命働いてくれました。その中で見えてきた彼、彼女たちの変化には印象深いものがありました。ライブペイントに参加してくれた人たちとの関わりから「学ぶ」ことが多かったという感想も多かったです。しかし、僕が今回一番印象に残っているのは、そういった生徒の変化ではなく、ライブペイントに参加してくれた親子の変化でした。僕は今まで、たこせんを売る生徒を通してマダンに来た人と関わったことはあっても、今回のように僕自身が直接マダンに来た人と関わることはなかったから、当然と言えば当然なのかもしれません。絵具で服が汚れていることもそっちのけで絵を描いている女の子がいました。その女の子のお母さんは、最初服が汚れないようにと注意していましたが、途中から服が汚れるのは諦めて好きにさせていました。鬼の形相で絵具の入った水鉄砲を僕にぶちまけてくる男の子がいました。その男の子のお父さんは最初そっけなかったですが、だんだんやられている僕を見て一緒になって笑っていました。僕はその様子を見て、このライブペイントは参加した子どもや大人にとってどんな意味があったのか考えるようになりました。

 

 

 その答えはまだことばにはできていません。でも、僕や中LAさんが学びの森と東九条の媒介になったように、またライブペイントが子どもと大人の媒介になったように、誰か(何か)が誰か(何か)の媒介になることで新しく生まれるものやその過程にヒントがあるような気がしています。学びの森と東九条をつなぐことで、どんなことが起きるのか、起こったことの意味は何なのか、生徒たちだけでなくその場に参加している子どもたちの視点からも考えたいと思うきっかけになったライブペイントでした。

 

 

 ご協力・ご参加くださった皆様、楽しい時間を本当にありがとうございました。