誰の「自画像」でしょうか?
こんばんは、学びの森のキノシタです。
先日お伝えした<中高生ゼミ>の内容を覚えておられるでしょうか?
忘れた方や、まだ記事を読んでいない方はコチラからご覧ください。
ブログ:「私は見えるものを描くのではない。見たものを描くのだ。」
そのゼミの最後に出された課題が、言葉による「自画像」を作成してみましょう、だったのです。
ゼミの参加者はどんな「自画像」を作成したのか?
しっかりチェックしてまいりました!というか、僕もつくりました!!
では、さっそく紹介していきますね。
僕の自画像がどれなのか、当てることができるかやってみてください。
保護者の皆様につきましては、自分のお子さまの自画像がどれなのか、考えてみても面白いと思います!
ではまずはAさんの「自画像」
漢字を使って、顔の輪郭やパーツを表していますね。
また通常の自分と、新型コロナウィルスで余裕がない自分を描き分けてみたそうです。
他の参加者からは、「なんでここにこの漢字使ったんですか?」などの質問が出ていました。
続いてBさんの「自画像」
中央あたりの線で上下に分かれています。
上は過去の自分、下は今の(そうでありたいと思う気持ちも込みで)自分だそうです。
字の書き方を、あえて雑にしたり、丁寧にしたり、書き分けることで性格を表現しようとしたと言っていました。
どんどんいきましょう。次はCさんの「自画像」
時計の中に「ゲーム 楽しみ」という言葉と「将来のためにやらなきゃいけない事 辛い事」という言葉があります。
今はそのふたつが半分半分だけど、時が進むと「楽しみ」の部分が消えてしまう…。
その恐怖や不安、でもやらねばという思いの中で葛藤しているCさんが描かれていました。
続いてはDさんの「自画像」
いくつかの漢字を組み合わせて、ひとつの漢字になっています。
中心には「友達」がいて、「酒」を飲んだり「仕事」をしたり。
人生の様々な場面で「遊ぶ」ことを忘れないようにという思いから、全体を「遊」で包んだそうです。
文字のフォントもゆる~く、余裕がある感じがしますね。
そして、Eさんの「自画像」
今度はひらがなの文章です。
よく見ると文章のどこかが欠けていたり、文字が反転していたりします。
そういう欠落や不完全さがあっても、読めてしまう。
現在の状況は、これまでの物の見方や考え方の大きな転換期なのかもしれない。
そんな状況に必要なものは、自分自身の経験の「組み換え」なのでは?というEさんの考えを表した自画像でした。
最後にFさんの「自画像」
左が1週間前の自分で、右が今の自分だそうです。
1週間で人ってこんだけ変化するものなのか!とびっくりしました。
Fさんによれば、1週間前は色々なことで悩んでいたけど、あるきっかけで今までのことを振り返ってみたら
たくさんのことがクリアになって、今はもうこの一文字で完結しているとのことでした。
いかがだったでしょうか?ゼミの参加者の「自画像」は?
僕としては、参加者の多くが「漢字」という記号を用いていたことが印象的でした。
今考えたら、「英語」も「アラビア文字」も使っていいんですよね。くそー、思いつかなかった…。
おそらく僕は今までの人生で、「漢字」という記号に非常にたくさんの「意味」を付与してきたんだと思います。
それは辞書に載っている「正しい意味」だけでなく、自分の感情や身体感覚と密接につながった「自分にとっての意味」もです。
「自分にとっての意味」がこびりついている「漢字」という記号が持つ情報量は、とんでもなく多いのかもしれません。
だからEさんの「ひらがな」は新鮮で、すっと目や頭に入っていく感覚がありました。
確かに「ひらがな」はそれ自身何か「正しい意味」があるわけではありません。「ひらがな」ができた当時のことはわかりませんし、あくまで僕の感覚ですが。
言葉による「自画像」を考えることを通して、「漢字」や「ひらがな」という僕たちの身近な「記号」が持つ意味を考えさせられました。
実はこの「自画像」、来年もう一度つくるそうです!
1週間で全く違う「自分」になっていたFさんはどうなってしまうんや?!
と、勝手につっこんでおりましたが、はたして僕も1年後どうなっているのやら…?
またその時になったら報告したいと思います。
あ!ちなみに僕の「自画像」はDでした!わかりやすー!!
では、また~