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日誌

あかたさんがやってきた①

 

こんにちは、学びの森のタナカです。

 

 

2つ前のブログ「あかたさんと話そう」で木下先生がお知らせしていた、あかたちかこさんの出前授業。

 

先日、とうとうあかたさんが学びの森にいらっしゃいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

学びの森での「性教育」をお願いすることになったこの出前授業。

 

 

皆さん、「性教育」という言葉からどんなことを連想されるでしょうか。

 

学校で受けた「性教育」の記憶をたどると、男女の身体の違い、成長の違い、妊娠の仕組み…といったものを思い浮かべる方が多いかと思います。(私もそのひとり)

 

 

 

 

 

 

 

 

ですがあかたさんの出前授業は、

 

「妊娠の前に多くはセックスがある。セックスの前に多くは恋愛がある。恋愛の前には人間関係がある。だから『性教育』っていうのは、これらが全部含まれてると思ってます。ただし、そこに正解はない。それが性教育のおもしろいところなんです」

 

という言葉から始まりました。

 

(※以下あかたさんの発言はすべて私の記憶による再現で、大意であることをご了承ください)

 

 

 

この時点で私タナカ、新鮮な驚きと納得で、目から鱗が落ちました。

 

 

思春期保健相談士として、若者のからだ・性・恋愛相談など、セクシュアルヘルスとその周辺を専門としておられるあかたさんならではの視点に、これから始まるあかたさんとの話がさらに楽しみになった瞬間でした。

 

 

 

 

さて。

 

前回のブログでも触れたように、学びの森では、あかたさんとどんなテーマで話がしたいかを事前に話し合っていました。

 

それが、こちら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁一面に貼られた生徒たちの「話したいこと」。写真では少し見づらいのでここに書き出してみると…

 

 

 

・告白とジェンダー

・連絡を取り続ける方法

・断り方

・不倫

・別れ方

・浮気

・ジェンダーのステレオタイプ

・出会い系はあかん?

・婚活

・恋愛/結婚

・好きな人ができたらどうする?

・セクマイの人との接し方

・仲直りの秘訣

・結婚

・話し合う時のコツ

・先輩/後輩 年上の後輩問題

・「好き」ってなんや?

・女の浮気はなぜバレない?

 男の浮気はなぜバレる?

・ネッ友

・脈ありサインを教えて

・LGBT

・一生の友だち 親友

・異性間の友情はありえる?

・人の感情の見分け方

・職場の人間関係

・良い大人 良い親

・束縛

・どうしたらヒモになれるか

・恋愛 かけひき コミュニケーション

・バイセクシュアル

・友情と恋愛

・恋愛

 

 

 

…めっちゃあります。

 

 

今後あと2回あるので、「今日はどんなことから話す?」というカジュアルな形でスタートした第1回。

 

 

 

 

あかたさんから、

 

 

①性教育に「正解」はない。私(あかたさん)の言ったことはあなたにとっての正解とは限らない。疑っても大丈夫やで。

 

②こういう場所で意見を言ったり話をしたりすることはえらいことではない。言いたいことがなければ、言いたくなければ、話をしなくてもぜーんぜん大丈夫。

 

③「こいつの話はちゃうやろ」「それはあかんな」とか、人の話をジャッジしないこと。

 

 

の3点だけ注意してね、というお話があり、本題に入りました。

 

 

 

 

いろんなテーマについて話をしたのですが、ここでその全てに触れることは不可能なので、私が印象的だったことを書きたいと思います。

 

 

始まりは、「『好き』ってなんや?」というテーマからでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

我々がよく使う「好き」という言葉。

 

恋愛において語られる「好き」やら、友情としての「好き」、俳優や歌手などへの「好き」…。

 

その「好き」って一体何なんや?というのがこのテーマ。深い。いきなり深い。

 

 

しかもこのテーマを選んだ時点で、ほかのいろいろなテーマが繋がってきました。

 

 

 

・恋愛

←恋愛の「好き」って何なん?

 

・友情と恋愛

←友情の「好き」と恋愛の「好き」ってどう違うの?

 

・異性間の友情はありえる?

←異性間には恋愛の「好き」しか存在しえないの?

 

・バイセクシュアル

←異性同性ともに恋愛対象となる場合の友情の「好き」って?

 

 

 

う~ん…私もよく分からない、答えられないことばっかりです。

 

 

 

 

そこであかたさんが、2つの話を出されました。

 

 

「私の友だちにミスチル(Mr.Children)の桜井さんがめっちゃ好きな子がおって、一緒にライブに行った時に『ここにいる人たちは何でここに来てんねやろう?』って思ったんですよ。それで友だちに『桜井さんが好きってことは、桜井さんと寝たいってこと?』って聞いたらめっちゃ怒られたんですよ。『好き』やけど寝たいわけではないらしい」

 

タナカ)うん、私も桜井さん好きやけど別にどうこうなりたいわけではないな…。そういう「好き」って何なんやろう…?

 

 

 

「私は個人的に、『寝る』より『手をつなぐ』方が浮気やと思うんですよ。好きじゃなくても肉体関係は持ったりするけど、『手つなぐ』ってなんか特別な感じしません?」

 

タナカ)確かに…恋愛感情を持っていない相手と肉体関係を持つことはあるけど、恋愛でも友情でも、「好き」っていう思いがない相手と手つなぐってあんまり聞いたことない…

 

 

 

 

そこから、そもそも「手をつなぐ」のがイヤやと思う人もいるという話に展開。

 

なんで手をつなぐのがイヤなのか、あるいは手をつなぐのが好きなのか、という話になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

手をつなぐのがイヤな人は、

 

・触られると自分に入ってこられる感じがするからイヤ

・通行の邪魔

・総合的に不条理

 

 

手をつなぐのがいいと思う人は、

 

・手をつないでいるときもちいい

・気持ちが行き来する感じがする

・愛

 

 

などの理由を挙げていましたが、平行線のまま、一向に意見が交わりそうにありませんでした。

 

 

 

 

そこであかたさんがおっしゃっていた印象的な言葉が、

 

「こうした決して交差しない話し合いの時に相手とどうやって共に在るか、やと思います」

 

というもの。

 

 

 

 

本日2枚目の鱗が目から落ちたタナカ。

 

それって恋愛だけでなく、友人関係や家族関係、職場や学校での人間関係にも言えることやな、と思いました。

 

 

意見や思いが交差しないから関係を断つという選択ももちろん可能ですしアリですが、「それでも一緒にいたい」と思う相手の場合はどう共に在ろうとするのか。

 

それを考えることって永遠に続くし、そのテーマについて一緒に考えたり話し合ったりすることがその人たちの関係性をより成熟させていくのかな、などと思いました。

 

 

 

 

「手をつなぐ」という行為ひとつについて、こんなに話し合ったり話し合っているのを聞いたりすることはあまりないんじゃないかと思います。

 

 

学びの森の生徒たちがこれから「手をつなぐ」という場面に直面するときに、この話を思い出したりするんだろうか…などと思いつつ終わった第1回のあかたさんの出前授業。

 

 

今日のブログでは、あかたさんの話を聞いた生徒たちの様子がどうだったかというより、私自身がいち参加者として感じたことが大部分を占めてしまいました。

 

 

ここまでで書きたかったことの半分ほどしか書けていないので、続きはまた今度、更新したいと思います。(まさかの「つづく」)