不登校になったからこそ、出会うことのできる世界がある
私たちが初めて出会った不登校の生徒は、今、大学院で社会学の研究を行っています。
その子と出会うことがなければ、私たちが不登校の子どもたちの教育にかかわることは、きっとなかったのかもしれません。
その子は、アウラを卒業したのち、高校、大学、そして大学院へと進み、まさに不登校や引きこもりといったことを社会学的な視点から研究しています。
そしてそんな彼は今、私たちが受託している文科省の研究事業を手伝うために、アウラへと再び戻ってきています。
またある生徒は、不登校経験から高校への進学を断念し、高認受験から大学へと進学し、語学の腕を磨いています。大学入学時のTOEFLは、550。3回生になった今では、600に届くまでになっています。
彼女は、どこかで卒業と同時にアメリカの大学で自分の専門性を見極めようと考えているようです。
そんな2人の経験は、学校という枠組みの中では決して生じえなかったものかもしれません。
それは、社会の大きな物語から逸脱することで初めて見えてきた彼ら自身の独自の世界だったのかもしれません。
「不登校になったからこそ見えてくる世界がある」
私たちは不登校という経験を否定するわけでも、また肯定するわけでもありません。
その経験をかけがえのないものへと置き換えていくためには、一体何が必要になるのかを考えることが、私たちの役割なのだと思うのです。
その子と出会うことがなければ、私たちが不登校の子どもたちの教育にかかわることは、きっとなかったのかもしれません。
その子は、アウラを卒業したのち、高校、大学、そして大学院へと進み、まさに不登校や引きこもりといったことを社会学的な視点から研究しています。
そしてそんな彼は今、私たちが受託している文科省の研究事業を手伝うために、アウラへと再び戻ってきています。
またある生徒は、不登校経験から高校への進学を断念し、高認受験から大学へと進学し、語学の腕を磨いています。大学入学時のTOEFLは、550。3回生になった今では、600に届くまでになっています。
彼女は、どこかで卒業と同時にアメリカの大学で自分の専門性を見極めようと考えているようです。
そんな2人の経験は、学校という枠組みの中では決して生じえなかったものかもしれません。
それは、社会の大きな物語から逸脱することで初めて見えてきた彼ら自身の独自の世界だったのかもしれません。
「不登校になったからこそ見えてくる世界がある」
私たちは不登校という経験を否定するわけでも、また肯定するわけでもありません。
その経験をかけがえのないものへと置き換えていくためには、一体何が必要になるのかを考えることが、私たちの役割なのだと思うのです。