得体のしれない存在から
どうも、学びの森のキノシタです。
学びの森では、最近小学生を対象としたゼミが盛り上がりを見せています。
前回ご紹介した<実験ゼミ>。
イレギュラーではありますが、次でかれこれ4回目をむかえます。
教科書や問題集では得られない、驚きや疑問を身体で感じること、それをきっかけに考え始めることを目的としています。
生徒たちに感想を聞いていると、みんな口を揃えて「面白い」と言っています。
何が?とさらに聞くと、「うわぁってなったり、とにかく面白い」と、なんとも曖昧な返事が返ってきましたが、何かしらみんなの中に残っているようでした。
さて、お次は<ことばゼミ>です。
ここでは何かひとつのテーマで話し合うことを通して、批判的に物事を見ること、自分の考えを論理的に説明すること、他者の考えをしっかりと聴くことを目的としています。
そう、目的としていたんです…。しかし!
<中高生ゼミ>と同じ「自画像」をテーマに取り上げ、紙を使って自分を表現してもらうと、これがとんでもないことに。
紙をどんなふうに使ってもかまわないという指示で、いろんなことを試す子が出てきました。
描く、塗る、折り曲げる、くしゃくしゃにする、カッターで切る、セロテープでくっつける、絵の具を垂らす・・・。
ときに笑いながら、ときに真剣な表情で作業を進める生徒たち。
そして出来上がった作品がコチラ↓(写真は後日すべてアップします)
一つひとつの作品を、その「自分」ではない僕が説明するのはやめておきます。
でも、生徒の説明の中には、こちらが想定もしていないようなことが盛り沢山でした。
これは何かこちらの「仕掛け」に乗っけるようなイメージでゼミを継続するのは不可能…。
そう判断して、現在次を模索中ですが、生徒の感想は<実験ゼミ>同様、「面白い」というものばかりでした。
さて、こうしたゼミが盛り上がってきた結果、生徒たちの何がどう変化したのか?
こんな力がついた!という説明はまだできませんが、お互いを「何か得体のしれないもの」から「○○くん/さん」と認識し始めたのは確かなようです。
これまでは誰か大人が間に入らないと、いや、入っているときもお互いに話すことはありませんでした。
例えば、僕と生徒たちの3人で話をしていると、ふたりとも僕とは話すのに、ふたりでは話さないといった具合です。
それがこの前同じ状況で話していると、「○○くんは?」とか「〇〇さんって」と会話のキャッチボールをし始めたんです。
僕がその場から離れても、会話は続いていたので、なんだか嬉しくなりました。
きっと、ゼミという協働の時間を通して、お互いがお互いを知る機会が増えたんだと思います。
この子ってこんなふうに考えるんだ、こんなふうに行動するんだ、ということがリアルに感じられる時間になっているからこそ、
今までにない関わりが生まれてきているんだと思います。
「みんなで何か一緒にことをするのは苦手」
と言っていた子でも、小さな集団ではあるものの、面白さを感じながら一緒に学べる関係がつくられていっています。
これからも小学生のゼミから目が離せません。
では、また~